世界最強の安全資産に異変 米国債の「メッキ」が剥がれ始めた

「米国債なら、低い利回りでも世界が買ってくれる」。

米国は長い間、そんな特権を享受してきた。

世界最大の経済大国が発行し、基軸通貨ドルで返済され、巨大な市場でいつでも売買できる。安全性と流動性そのものに価値があるから、投資家はほかの資産より低い利回りでも米国債を持った。

その特別扱いが、剥がれ始めている。

9月3日、FRBのクリストファー・ウォラー理事はReuters NEXTのインタビューで、安全で流動性の高い米国債に投資家が認めてきた「プレミアム」が、ほぼ失われたとの見方を示した。ウォラーは、この変化が自身の中立金利の見積もりを引き上げる理由になっているとも語った。

こうした環境では、FRBが政策金利を下げても長期金利まで下がるとは限らない。トランプの利下げ要求が、かえってベッセントの長期金利戦略を難しくする理由はこちらで整理した。

これは「最近、長期金利が高い」というだけの話ではない。

「米国債だから」という理由だけで高い価格をつけてもらい、米政府が安い金利で巨額の借金をできた。その特権そのものが弱くなっている。

米国は「安全」であることで安く借金できた

安全資産プレミアムとは何か。

たとえば、同じような信用力の債券なら5%の利回りがなければ買いたくないのに、米国債なら4.5%でも買う。その0.5%分は、「米国債なら安心だ」「いつでも売れる」という価値に対して投資家が受け入れている低い利回りだ。

米政府から見れば逆になる。安全資産として特別扱いされるほど、本来より低い金利で資金を調達できる。

ウォラーが引用したスタンフォード大学のハノ・ラスティグ教授の研究は、この値付けが2020年以降に変わったと指摘する。米国債はAAA格社債などの近い代替資産に対して以前ほど割高ではなくなり、株式市場が荒れたときの逃避先としての性格も弱まったという。

その変化を別の角度から映すのが、10年米国債の「タームプレミアム」だ。

タームプレミアムとは、短期債を乗り換え続ける代わりに、長い期間にわたって債券を保有するリスクに対して投資家が求める上乗せ金利を指す。安全資産プレミアムと同じものではないが、長期の米国債を持つために市場がどれほどの追加利回りを要求しているかを見る手掛かりになる。

2010年代後半から2021年にかけてゼロ近辺やマイナス圏に沈んでいた10年のタームプレミアムは、その後大きく切り上がり、2026年には0.8%近辺まで上昇した。

米国債を長く持ってほしいなら、その分だけ余計に金利を払ってほしい。

市場の値付けは、明らかに2010年代とは違う。

2010年から2026年までの米10年ゼロクーポン国債のタームプレミアム。2021年ごろのマイナス圏から2026年には0.8%近辺まで上昇している。
図1 米10年国債のタームプレミアムが復活。2010年代後半から2021年にかけてゼロ近辺やマイナス圏で推移したが、その後は上昇し、2026年には0.8%近辺まで高まった。安全資産プレミアムそのものではないが、長期債保有に市場がより大きな補償を求めていることを示す。出所:FRB via FRED

2022年、「安全」の意味が変わった

そこへ地政学が重なった。

実際、その資金需要は米国を越えている。Amazonはドルだけでなく、ユーロ、スイスフラン、カナダドル、そして初めてポンドでも資金を調達した。AI企業が世界中の投資家の資金を集め始めたことで、債券市場の競争がどう変わっているのかを追った。

2022年のロシアによるウクライナ侵攻後、米国や欧州などはロシア中央銀行が海外に保有していた資産を凍結した。

この出来事は、各国の準備資産担当者に新しい問いを突きつけた。ドル資産や米国債は金融的には極めて安全でも、政治的な対立が深まったとき、それを本当に自由に使えるのか。

一方、自国内で保管する現物の金には発行国がない。誰かの債務でもない。

FRBスタッフが9月3日に公表した分析も、公的部門による金購入は2022年に大きく増え、その後も高水準が続いており、地政学や金融制裁が一因になっている可能性を指摘している。

この流れは「中央銀行はなぜ米国債より金を買うのか」で詳しく検証した。今回の焦点は、その先にある。

外では準備資産をドルだけに頼らない動きが進み、内では米政府が発行する債務そのものが膨らみ続けている。

政府債務はGDPのほぼ100%

米国の政府債務は40兆ドル規模に達した。

問題は「40兆ドル」という絶対額だけではない。

政府内部で保有する分を除いた公衆保有債務でも、2026年1~3月期にはGDP比98.7%に達している。2000年代初めには30%程度だった。

この構図について、著名な債券投資家モハメド・エラリアンも新たに警告を発した。米国債の供給増とAI大手の社債ラッシュが、同じ買い手を奪い合う問題はこちらで詳しく検証している。

経済規模に対して、民間投資家、海外勢、FRBなどが抱える米政府債務の重さは、この四半世紀でまるで違うものになった。

2000年から2026年までの米国の公衆保有債務のGDP比。2000年代初めの約30%から2026年には約99%まで上昇している。
図2 米政府債務、政府内保有を除いてもGDP比ほぼ100%。2008年の金融危機後に急増し、コロナ禍で100%を突破。その後も90%台後半という高水準が続く。出所:Federal Reserve Bank of St. Louis、OMB via FRED

しかも財政赤字は止まっていない。ウォラーによれば、2026年度の赤字はGDP比6%前後になる見通しだ。ベッセント財務長官は3%への縮小を目標に掲げているが、ウォラーは、成長で債務問題を解決するには構造的な赤字をさらにゼロに近づける必要があるとの見方を示した。

赤字が続けば、新しい国債を市場に吸収してもらわなければならない。

しかも、投資家の資金を欲しがっているのは米政府だけではない。AIデータセンター、半導体、電力インフラへの巨額投資を進める企業も債券市場から資金を調達する。

ウォラーは、米財政への懸念に加え、AIインフラ投資との「資金の奪い合い」も国債利回りを押し上げていると指摘した。

国債の供給は増える。民間の資金需要も増える。

買い手を呼び込むには、以前より高い利回りが必要になる。

この「誰が米国債を買うのか」という買い手構造の変化については、「米国債を買うのは誰か 著名投資家の警告が現実に」でも検証した。

では、世界は米国債を捨てているのか

ここでデータを見ると、単純な「脱ドル」の物語とは違う景色が見える。

外国の中央銀行など公的機関が保有する米国債の残高は、2021年ごろの約4.2兆ドルから2022年には3.7兆ドル前後まで低下した。しかしその後は持ち直し、2026年1~3月期には約3.92兆ドルとなっている。

2010年から2026年までの外国公的機関による米国債保有額。2022年に低下した後、2026年には約3.9兆ドルまで持ち直している。
図3 外国公的機関は約3.9兆ドルの米国債を保有。2021年ごろの約4.2兆ドルから2022年に低下したが、その後は持ち直している。出所:FRB via FRED

しかも、この残高の増減をそのまま売買額と読むことはできない。金利上昇による債券価格の変化なども残高に影響する。

FRBスタッフがTICなどのデータを使って売買フローを検証すると、外国公的投資家は2022年から2026年4月までに米国債をネットで約2000億ドル買い越していた。

つまり、世界の中央銀行が一斉に米国債を投げ売りし、その資金をすべて金へ移しているわけではない。

金を増やす。それでも米国債も大量に持つ。

起きているのは「ドルを捨てる」という一方向の動きではなく、ドルだけに依存しない準備資産への分散だ。

それでも米国債の金利は高い。

だからこそ、ウォラーの発言が重要になる。

「買われない」のではない 「安くは買ってもらえない」

米国債の問題を「買い手が消えた」と考えると、本質を外す。

外国公的機関はなお約3.9兆ドルを保有している。ドルは世界の決済・準備通貨の中心にあり、米国債市場に匹敵する規模と流動性を持つ市場もない。

変わっているのは価格だ。

国債を大量に発行する米政府。金へ準備資産を分散する中央銀行。AI投資で資金を吸い上げる企業。そして、長期債を持つなら以前より高い利回りを求める投資家。

これらが同時に進めば、米国債は売れるとしても、かつてのような条件では売れない。

「米国債だから低い金利でいい」と世界が受け入れてくれた時代から、「何%なら米国債を持つのか」を投資家に問われる時代へ移りつつある。

剥がれているのは「信用」ではなく「特権」

ウォラーの発言は、FRBの次回利上げや利下げを占う材料以上の意味を持つ。

安全資産プレミアムが縮小すれば、中立金利そのものが高くなりうる。インフレ率が落ち着いても、政策金利や長期金利が2010年代の水準まで戻らない世界があり得る。

そうなれば住宅ローンも企業の調達金利も高止まりする。

そして最も大きな請求書を受け取るのは、40兆ドル規模の債務を借り換え続ける米政府自身である。

世界最強の安全資産はいまも米国債だ。

しかし、世界最強であることと、特別に安い金利で借金できることは同じではない。

米国債から剥がれ始めている「メッキ」とは、安全性そのものではない。「米国債である」というだけで世界が高い値段を払ってくれた、米国の特権なのである。

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